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【安倍のレトリック】個人あっての国家か、​国家あっての個人か

日本国憲法第13条
「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由、及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」


しかし、安部首相は著書「美しい国へ」でこう述べる。

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「個人の自由を担保しているのは国家なのである。それらの機能が他国の支配によって停止させられれば、天賦の権利が制限されてしまうのは自明であろう」

国家がなくなれば国民の自由もなくなるのは当然であり、論理的には全く正しい。だが、これを国家が個人の権利を制限する根拠としてしまうところに彼独特のスリ換えがある。

5月27日、オバマ大統領は広島を訪れ、こう演説した。

「私の国の物語はシンプルな言葉から始まりました。『すべての人は等しくつくられ、生命、自由、幸福追求を含む、奪われることのない権利を創造者から授けられた』。

その物語へ忠実であり続けることは、努力に値することです。大陸を越え、海を越えて追い求められるべき理想なのです。全ての人の減らすことの出来ない価値。全ての人は尊いという主張。私たちはたった一つの人類の一員なのだという根本的で欠かせない考え。これらが、私たち全員が伝えていかなければならない物語なのです。」

この演説をどう受け止めたのか安部首相に聞いてみたい。

昨年4月末、訪米した安倍首相は上下両院を前にこう述べた。

「自由世界第一、第二の民主主義大国を結ぶ同盟に、この先とも新たな理由付けは全く無用です。それは常に、法の支配、人権、そして自由を尊ぶ、価値観を共にする結びつきです」。

安倍氏は自由世界第二の民主主義大国に相応しい首相と言えるのだろうか。私たちは巧妙なスリ換えを旨とする人をリーダー
に戴いており、そして憲法が変えられようとしている。

「自由が危ない」。戦後最大の危機が静かに忍び寄っている。

回避する唯一の手段が私たちの一票なのだと。

自由を守れ!

そこに、右も左もあるだろうか。
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